Yuichibow’s diary

リージョナルジェット機の操縦席から外を眺めるお仕事をする人の日記

裕坊、年次技量維持研修(3日間の訓練、その3)

アメリカの地域航空会社で、小型旅客機に乗る裕坊といいます。こんにちは。

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先日年次研修が終わって、木曜日に帰宅。

 

今一つ調子がよくなかったインターネットの修理告知が、ケーブル会社から来ていました。

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どうやらデータが漏れていたらしいです……

 

修理屋さんは、何メートルもある長い長いケーブルを抱えて…

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機材がたくさん乗った車でやってきてくれました。

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我が家の裏側…
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大抵この窓があるお部屋の隅っこに座って、いつもブログを書き込んでいます…

 

30分ほどで修理は完了。ケーブル受信機が入った箱が、すっかり新しいものへと変わっておりました。
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どうやらテレビの裏にあるケーブル分岐点からシグナルが逆流して、周辺一帯のインターネット速度を遅くしていたらしいです。ご迷惑をおかけしてしまいました…

 

それにしても春やなぁ〜…
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ちなみに今週のミシガン州南西部、最高気温が20度にまで上がる日もあるそうな……

 

明日日曜日からは、5日勤務のフライトへ出勤。航空会社に勤めるパイロットは、年に最低一度、シミュレーターを使った飛行訓練を受けて必要とされる技量を維持します。裕坊が入社した当時は、訓練は年に2度。その当時は口頭試験なども課されて、いつ落とされるか分からないという恐怖感に怯えながらの訓練でした…

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でもそれをいつまでも続けていても『一向に安全性が向上せん』というのが、連邦航空局が長らく抱えていた悩みのタネ…ニュースの一面を飾るような大事故こそ起きていなかったものの、小さな事象は絶え間なく続いていたのが実情でした。

 

そこで各航空会社の使用機材、就航地域や天候などを考慮した上で、現場から上がってきていた安全に関わる報告を元に、実践に即した訓練内容で普段のフライトに役立てられるということが趣旨になった訓練へと、最近は変遷してきています。

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実は裏話を暴露すると、かつて小型機専門の地域航空会社では、飛行教官による乗務員への陰湿な虐め体質というのが蔓延っていた所もあり(口頭試験などで、解答の言い間違いを指摘して、試験を不合格にするなど…)、連邦航空局が業を煮やしていた、というのもあったかも知れません。

 

例を挙げると、失速状態においては機首下げを行うことによって主翼上の空気の流れを戻さないといけないのにも関わらず(下の絵の飛行機から、上の絵の状態に戻さないと、墜落の原因になりかねないのです)、

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飛行試験では失速ギリギリの状態で高度維持を課すなど(そこで200フィート降下すると、かつて飛行試験では不合格とされていました)、当時の訓練内容が本来理想とするフライトの実態から大きくかけ離れすぎていて、それを早急に改善する必要があるという連邦航空局のジレンマがあったのです。

 

そこで新しく導入になったのが、AQP(Advanced Qualification Program)と呼ばれる訓練様式。日本語に訳すと、最先端資格維持プログラム、というところになるでしょうか。
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連邦航空局の積極的な働きかけもあり、アメリカではほぼ全航空会社で導入になっています(エンデバー航空では、2015年5月から実施)。過去に起きた様々な事象を参考に訓練項目の詳細が決められ(裕坊ブログ、3月18日版、3月19日版でその一例をご紹介しています)、そしてハイライトといえば、訓練の最終日に実施される実地試験。

 

実際にはシミュレーターこそ使うものの、

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通常の旅客便であることを想定して行われます。

 

実際のフライトと同様、ヘッドセットも使用。
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各便の飛行用書類(フライトリリースと呼ばれます)もいつもと同じように受け取り、

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各機体に備え付けの整備記録も確認…

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そして飛行計画を打ち込んで、
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同乗するもう1人のパイロットとともに、出発前の打ち合わせ。

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本物のフライトと同様、出発までにおよそ30分を要します。これも立派な試験項目…

 

そして出発準備が終わると、離陸許可を受けて離陸。

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全ての流れは、通常の旅客便と同じになります。

 

違うのが、時々やってくる予期せぬ故障や不測の事態……
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計器パネル上に警告が上がることもありますし、悪天候が加えられることも……滑走路が使えなくなることを想定することもあります。普段でもよく起こる事象、過去に実際に起こった事象などが盛り込まれるのです。

 

そんな時、こうなってはいけません……

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不測の事態が起こった時には、まずは状況をしっかりと把握。最近強調されるようになっているのは、自らの判断だけではなく、利用できるものをできる限り利用していくこと。
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緊急時用のマニュアルは、操縦室内に装備されていますし、

 

仲間の助けを求めたり、意見交換したりすることもできます。

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他にもいる同業者や仲間、色んな要素をどこまで利用することができるのか、実地試験ではその能力が試されることになります。

 

裕坊の先週水曜日の実地試験は、テネシー州のメンフィスから、デルタ航空の最大拠点空港であるアトランタ空港までの旅客便の担当。故障装備品(与圧制御装置のうちの1つが、故障しているという想定でした)の状況を確認した上で離陸。視程がかなり低くなって、ギリギリ着陸に見合う条件下にあるアトランタへと向かいます。

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ところが巡航に入る頃になって霧が深くなったアトランタ空港。視程が着陸に必要な条件を下回り、管制官から上空待機を指示されます。

 

到着便が大挙して押し寄せている時間帯とあって、上空待機は40分。
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本社の運航課に、操縦室備え付けのコンピューターで状況を伝えます。余分な燃料として2時間分使える量(ただし航空界の常識として、そのうちの45分に相当する量には手をつけないことになっています)を搭載しているので、今のところは影響はなし…

 

実際には上空待機は10分ほどで終わって、いざアトランタに向かって巡航を再開。アトランタまではおよそ35分。そこでインターホンが鳴ります。
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客室乗務員からの連絡でした。聞くと乗客の1人に病人が出て、たまたま搭乗していた医師によると、できれば30分以内の着陸をお願いしたいとのこと…アトランタ空港では到着便の受け入れこそ始まっているものの、霧はまだ深く視程は今もギリギリの状態…必ず着陸できる絶対の保証はありません。航空管制官によると、1時間後には霧は晴れる可能性が高いとのこと……ただ最新の予報を入手した限りでは、着陸時の視程は着陸条件ギリギリ……

 

 

さて、どうするか……

 

 

ここでは100%の正答というのはありません。機長、副操縦士同士でしっかりと意思疎通を計った上で、その場の状況に最善と思われる答えを導き出すのです。
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旅客機には客室乗務員が乗っていますし、

 

本社では運航課の担当者が待機していますから、相談した上で3人で決断することだってできます。

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もし代替空港へと緊急着陸するなら、どこの空港が最適なのか。緊急の患者を輸送する体制、病院の受け入れ体制に施設。航空管制官にお願いした上で、優先的に着陸を要請することだって可能。

 

この時の裕坊と同乗の副操縦士、ジョーくんとで出した答えは、緊急着陸先としてすぐ眼下にある、アラバマ州バーミンガム空港に着陸することでした。
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決め手となった要素は、もし仮に航空管制に優先的にアトランタへ誘導してもらったとしても、霧はまだ深い状態で100%着陸できる保証がないこと。もし着陸をやり直しするとなると、着陸までに最低でも45分を要してしまうでしょう。医師によるとできる限り早い着陸が好ましいとのこと…

 

管制官によると、1時間後には霧は晴れるだろうとのことでしたが、最新の予報を入手すると着陸条件ギリギリ…
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ならば代替空港に一旦緊急着陸して病人を救急隊へと引き渡し、再給油をしながら霧が晴れる機会を伺うのが賢明。これが裕坊とジョーくんとで出した答えでした。

 

バーミンガム空港はすぐ眼下にあり、10分もあれば着陸も可能。緊急事態を宣言しながらも、機体には余計な圧力をかけないように通常の降下。空港は有視界飛行状態で、早い段階から滑走路も視認でき、そのまま着陸。

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試験はそこで終了となり、晴れて合格。3日間の飛行訓練を締めくくりました。

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このあと1時間ほどの総括。起こった事象を一つ一つ振り返りながら、教官を含めて3人で詳細に話し合いをします。

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飛行教官といえども、会社の従業員リストに記載された現役パイロットの1人ですので、実地試験を実施しながら教官自身が得られることだってあるのです。

 

飛行機を飛ばす技量維持(通常ハードスキルと呼ばれます)はもちろん大切ですが、好ましくない事態に対処するのに必要とされるのはソフトスキル。現況把握能力であったり、意思疎通能力、問題解決能力であったり、あるいは時間管理能力、チームワーク形成能力、量的業務負荷の管理能力(副操縦士に操縦を任せて、機長自ら本社運航課とコンタクトを取ったりなど)であったり……これらはビジネスの領域から、『核心となる技量能力』(Core Competencies)として取り入れられ、航空機安全運航の核心部分を担う能力として強調されるようになりました。

 

ソフトスキルがより重要視されるようになってきた現在の航空会社の訓練。とても中身の濃い3日間を過ごして、先週木曜日に帰宅。

 

 

 

 

 

明日日曜日から、5日勤務のフライトへ出勤します。